ロヒンギャ問題①

 国連によると、58万人を超えるロヒンギャ難民がバングラデシュに逃れたそうである。この記事を読んで「へー」としか思わなかったのは私だけでしょうか?

なぜか?

・難民に馴染みがない

・場所がわからない

・どうして難民になったのか など

まずは、この3点を取り上げようと思います。

 

1点目、日本人にとって難民という言葉があまり馴染みがない。

島国であることが要因の一つかもしれないが、難民受け入れ状況ができていないのが現状かなと思います。法務省によると106人の難民認定者が日本の在留が認められました。一方、UNHCR( 国連難民高等弁務官事務所)によると、トルコには250万人の難民が住んでいるそうです。私の出身である滋賀県の人口が140万人くらいなんで、それ以上の人が難民認定されていると思うとすごい数だなと感じます。京都には何回か訪れたことがありますが、日中も夜も活気のある場所です。滋賀県と比べようがないですね。笑 その京都におよそ250万人が住んでいます。いきなり250万人の難民を受け入れなくてはならないと言われると難しいでしょうし(土地の問題、場所の問題、治安の問題など)どこに難民キャンプを設置するかで大きな議論になりそうですね。しかし、世界で2番目に国連に資金提供している日本が、人への援助が少ないということは、人道的でない国というレッテルを貼られてもおかしくないでしょう。難民と移民の区別を十分に理解し、難民にどれほどの援助ができるのか、日本の政府が尽力して欲しいなと思っています。

2点目、ロヒンギャの場所となぜ難民になったのかについてですが、ロヒンギャとは、イスラムスンニ派を信仰する民族だそうです。(イスラム教徒に関しましては、今後のブログで書いて行きたいと思います。)ミャンマーの西側でベンガル湾に面しているラカイン州という場所に100万人ほどが暮らしていました。ミャンマーの見解では、イギリスの植民地時代にバングラデッシュからやってきた移民という扱いを受けているそうです。その彼らが、バングラデッシュに逃げているのです。彼らの衛生面はかなりの劣悪だそうです。水も十分になく、毎日のように難民の方がバングラデッシュになだれ込んでいるのです。しかも、ユニセフによるとこの6割が子どもであり、物質援助と人的援助を急ピッチに進めています。これを読んだとき、ミャンマーのトップは誰なのか疑問に思いました。それは、ミャンマーの実質的指導者であるアウン=サン=スーチーさん。そうです。ノーベル平和賞の受賞者ですね。笑

平和って何なのか本当に考えられます。

 

アウン=サン=スーチーさんは、一体何者なのか気になったので、調べて見ます。